西洋古典学の謎

The Land of Gods

ギリシアの今日の天気

区切り線

なぜ英語では、Xで始まる名詞を[z]と発音するのか?

古典になじみのない方でも、Xylophone とか Xerox を初めて目にした時に、正しく発音出来た日本人はいないでしょう。なぜザイロフォン、ゼロックスなのでしょうか?

ちなみに、Xylo-とはギリシア語の「木」(xylon)から来ています。Xeroは「乾燥した」(xeros)からです。「シロフォン」とは木琴の事です。ゼロックスは登録商標ですが、「乾式」複写機という意味です。その昔の、青い「湿式」コピーを最近の人は知らないかな?

古典関係では、Xerxes、Xanthippe、Xenophon の英語読みを聞いて驚かなかった人はいないでしょう。「ゼルクシス」「ザンティピ」「ゼノフォン」といった感じです。Xerox や Xerxes では、2度目のxは「ks」クスと発音するのに、1度目のXは「z」ズなのですから、謎は深まります。


初めに思いついたのは、勤務先の高校に来ている外国人講師たちにたずねる事である。彼らの答えは、英語の発音ルールはそういうものだというものだった。これでは納得が行きません。かつて学習院で、日本西洋古典学会が開かれた際に、懇親会で幾人かの偉い先生に、聞いて回ったが、明確な回答が得られなかった難問である。

今回humanities.classicsというニュース・グループに質問の記事を投稿した所、予想を上回る反響があった。情報の共有という観点から、ニュース・グループを講読されていない方々のために、やり取りを和訳して紹介したい。

各記事の冒頭には、原文を参照出来るようにリンクを張っておいたので、興味のある方はご覧頂けたらと思う。ニュース・グループではこうしたやり取りが、さまざまなジャンル、さまざまな言語で毎日 24 時間、世界中で行われているのである。メールソフトで e-mail しか使わないのは大いなる損失である事が、分かっていただけたらと思う。

但しニュースグループの記事には一定の保存期間があり、それを過ぎると消去されてしまう。そこで記事を私が保存しておいたものを読めるようにしてある。(Local file)をクリックして下さい。

情報をお寄せいただいた各位には、大いに感謝いたしております。


最初の私からの質問記事は、上記のようなものである。
元投稿記事 news:Pdi75.366$Si7.29269@newsall.dti.ne.jp     (Local file1)

  これに対して、最初の返事は予想されたものであった。
  news:8jkdlq$4i5$1@supernews.com  (Local file2)
  「そんな事はない。少なくとも古典学徒に関しては、決してそうではないと言えるだろう。ギリシア文字の"x"(ksi)は、単語の冒頭であれ、途中であれ、"z"ではなく"ks"と発音されるべきなのだから。しかし、『怠惰』ゆえに、それが"z"に時としてなる事を認めなければならない。」とfrankさんは書き送ってくれた。


次にかつて日本に居たことのあるらしい Anthony J. Bryant さんは、こう述べた。
  news:395EE934.D5837A77@indiana.edu   (Local file3)
  「ちょっと違うんじゃないですか。日本では"kuserukusesu=クセルクセス"と発音されているのを聞きました。これは全く違っています。アメリカの大衆は、学術的サークルとは違って、語頭のXを"z"と一般に発音します。」と、発言した。


そこで私は、上記2人の記事に対して、以下のような投稿をした。

news:7FF75.1785$_R5.161795@newsall.dti.ne.jp   (Local file4)

「自分としては、[kserkses]と発音しているつもりだが、あなた方の耳には不幸にして[kuserukusesu]と聞こえるのでしょう。日本語には[ks]という音や、(印欧語と厳密に同じ意味での)複子音は存在しないので、そのような事態が生じるのです。日本では、psycheを[saiki]とは言わず、[pusuke]と(少なくともそう聞こえるように)発音します。

私が質問しているのは、あなた方の国の一般人が、なぜ語頭のXを"z"と発音するかの理由です。Anthony J. Bryantさんが指摘したように、古典教育を受けた人々は一般大衆とは違うでしょう。

frankさんが指摘なさったように、『怠惰』ゆえに、それが"z"に時としてなる事があるのはなぜでしょうか。その音もあるのに、怠惰や教育の欠如ゆえにそうするのでしょうか。」


すると、Robert StonehouseさんがオックスフォードのEnglish Dictionaryの"X"の項を引いて解説を始めました。
 news:3960269b.308953@news.cityscape.co.uk   (Local file5)

「母音または"h"が後に続く、接頭辞の"ex-"は、"eks"と発音される。この事は、アクセントが"ex-"上に置かれている他の場合と同じである。しかし、その後の音節にアクセントが置かれている場合には、"egz-"となる。従って、"axis"は"Aksis"と発音されるが、"exact"は"egsAct"と発音される。この規則が"anxious"(-ksh-)や"anxiety"(-gz-)に適用されるのだ。

そして、語頭にXを持つ全ての語は、(gz)が(z)となる、と指摘しました。よって、これは怠惰や無知の問題ではなく、英語の発音の規則であるのだ。こうした規則が適用される語の多くは、ギリシア語起源だが、他には、古いスペイン語起源の"xebec"(ジーベック、地中海の小型帆船)などがあり、語頭の音は"j"になっている」と指摘してくれました。


すると今度はMusca Volitansさんが、こう書き遣してくれた。

news:ni185.4378$cR2.306334@bgtnsc05-news.ops.worldnet.att.net   (Local file6)

「frankが正当にも『怠惰』という表現で言っているように、英語に限らずあらゆる言語の第一原則は、『最も抵抗の少ない道を通る』である。外来語が元の言語とは異質の音の集合から成っている場合には、変化させられるのである。"ps"や"ks"は、変化させられたのだ。(ギリシア語の)ユプシロンは、ドイツ語の『ウー・ウムラウト』と正確に対応しているが、『フランス語のウ』の音とは似ていない。

同様にして、"th"はビザンツや現代ギリシア語には対応する音を持ってはいるが、"ph"や"ch"、"th"は(英語では)古典ギリシア語のようには発音されないのであり、そうした現象が英語で見られるのだ。それに対して("th"は)ドイツ語やフランス語では"t"の音として発音されるのだ。

日本語について言えば、私はかつて日本人の技術者たちと共に仕事をした事があるが、彼らはよく使う単語"simulation"を最初の"i"を聞き取れるものの、極めて短く発して、"シミユレーション(shimi-yu-reh-shon)"と発音していた。(彼らは英語が話せず、私は日本語が話せなかったのだが。)これらはカタカナの音節表に従って表記したものである。野球(baseball)を彼らは"besu-boru(あるいはbes-bor)"と発音した。ここでも同じ原則が働いていると考えられる。すなわち、外国語の音を似ている音で置き換えるのである。

こうした普遍的法則は、アメリカのテレビレポーター達によって曲げられている。彼らはハイスクールで2年間学んだスペイン語の知識から、スペイン語の名前を"r"の音と喉音を多用して発音するからだ。彼らがニカラグア(Nicaragua)を"nee-kah-rrrrraaahh-ghwah"と発音するのを聞いて、目を丸くしない人はいないであろう。(その地名をBBCが"nikuh-rah-gyoo-ah"と言っているのを私は聞いた。)」と、話がだんだん逸れてきた。


この筋の話は別の関心から盛り上がるのだが、興味のある方のために要約と、スレッドのリンクだけ添えておく。


サンフランシスコ在住のKevin O'Donnellさんから。テレビで英語の中に突然スペイン語発音の地名や人名が入るのは、ヒスパニック系住民への配慮からではないかとの指摘があった。同じアナウンサーがParisやFranceについては現地語読みをしていないのだから。
 news:8jq8rl$fis$1@slb1.atl.mindspring.net  (Local file7)

これに対して、Musca Volitansさんが指摘するように、祖先にヒスパニックの血が入っているアメリカ人が愛国心から自分たちの固有名詞を本来の発音で読んだとも想像できる。

news:P%585.3054$Q8.24371@typhoon.ne.mediaone.net   (Local file8)

これに対してFilippo Niedduさんは、イタリアでハンバーガーを正しく発音してあげるから、アメリカ人はスパゲッティーを正しく発音してくれないかと言った。

news:3961B070.6836092C@nospam.polito.it   (Local file9)

これにはDmitry Sheininさんが反論し、世界的な名前は各地なりの読み方で定着していると指摘した。そのような現象が生じる事は、当の名前がその土地で重要である証でもあると。

news:8juel1$5q9@news-central.tiac.net  (Local file10)

一連のやり取りに対して、スペインのマラガからJose-Luis Perez-de-la-Cruzさんが発言し、"Hybris anglica"とタイトルを変えて「スペインで英語の名前を英語発音するのに、サンフランシスコでスペイン語の名前をスペイン語発音するのがおかしいのか」と抗議した。

news:3961905E.DC75B8A7@lcc.uma.es  (Local file11)


なぜ英語では、AiasをAjaxと書き、[eidzaeks]と読むのか?

この問題も、長い事疑問に感じていたものだったので、ニュース・グループに記事を投稿してみました。Ai-がAj-になるのは、ラテン語経由で英語に入っていったのですから理解出来ますが、-asという語尾が-axになるのが疑問だったのです。

news:eP785.1914$_R5.168749@newsall.dti.ne.jp   (Local file12)が、私の記事です。


最初に反応してくれたのは、署名からしてペンシルバニア州立大学の方と推測できる、William C. Waterhouseさんであった。

news:8k05n4$ovg@r02n01.cac.psu.edu   (Local file13)

ギリシア語の名前(Aias)が、ラテン語(Aiax)経由で英語や他のヨーロッパの言語に入って来ている点を指摘して、二つの語の由来の違いから説明しようとした。また、Aiasは"Aiant-"を語根に持つが、"Ajax""の方は"Aiac-"である点を指摘した。


これに対して、Dick Wisanさんは、語末の-Xの問題が残っていると指摘した。

news:8k2bh818ne@news1.newsguy.com  (Local file14)


これに対して、Robert Stonehouseさんは次のように説明した。

news:3964ce64.3667232@news.cityscape.co.uk  (Local file15)

この(Aiasという)名前は極めて良く知られていたので、恐らくは、ラテン世界に早くから入ってきたのであろう。その際、ラテン語の名詞と同様の変化を想定したと思われる。しかし時代が下ると、(ギリシア語由来の名詞は)ギリシア語としての変化か、不変化とされるようになったと思われる。

ラテン語においては、-asで終る男性・単数・主格の名詞は多くない。"dignitas"のような、形容詞から作られた抽象名詞は(思うに全て)女性である。

対して、"mas"といった"maris"明らかに男性形の名詞があるが、彼らは"Aias"を、(より一般的な)動詞から作られた形容詞であり、属格として"rapacis"や"edacis"を持つ"rapax"や"edax"などと同じように考えたのであろう。


その他のこのスレッドに関する記事としては、以下のものがある。

news:8k3i4l$1kj$1@news.cgocable.net  (Local file16)

news:8k50es$bpc@news-central.tiac.net   (Local file17)  では、Dimitry Sheininさんが、上記Stonehouseさんに対して、「Aiant-がギリシア語源なのだから、ローマ人はそれを、laudans , laudantis のように分詞と同様の変化をさせ、"Aians"が主格になるはずではないのか、と疑問を提示した。」


Teubner売却

以下の話もニュース・グループで知ってからweb上で確認したので、このページに書いておきます。

6月21日付けのnews:8ionui$v7q@r02n01.cac.psu.edu  (Local file18)  に依ると、ドイツのTeubnerが、有名な古典叢書の版権を、Saurに譲り渡したようです。トイブナーはBertelsmannという巨大資本に買収され、古典叢書はその際切り捨てられて、K.G.Saur Verlagに売られたようです。

Saurは電子出版にも熱心なようで、Neuerscheinungen Altertumswissenschaftenのカタログは、無料で請求できるようですし、PDF形式で(55 KB)ダウンロード可です。英語版もPDF(1.3 MB)であるようです。Saurも巨大資本が入っているようです。先のHeffers売却と同じく寂しい限りです。
  詳しくは両サイトをご覧下さい。


クレオパトラの直筆署名

以下の話もニュース・グループで知ってからweb上で確認したので、このページに書いておきます。

10月24日付けのnews:Pine.HPX.4.10.10010231916430.29514-100000@merle.acns.nwu.edu  (Local file19)  に依ると、ドイツのベルリンにあるエジプト博物館でクレオパトラの直筆が発見されたとの事。そのパピルスは博物館が100年以上前から保有していたもので、クレオパトラはギリシア語でサインをしていると。内容は「かくのごときようにせよ」程らしい。Die Weltという新聞で記事が読める。写本の画像はこちらだがパピルスはサイズが少々大きい(700KB近く)のだが、肝心のサインはそれ程鮮明でもない。

時は紀元前31年(前33年との説もあるようだ)。アントニウスがアクティウムの海戦で12月2日に敗れる年との事。最後にΓΕΝΕΣΘΟΙとクレオパトラ7世の手になる文字があるらしいが、私には読めなかった。場所はパピルスの右下と思われる。この情報の元ネタは1月程前の日付になるこの記事で言及されているようだ。


このページの冒頭



www.saiton.net/classics.htm

© SAITO Toshiyuki