インド北部の小国、釈迦(しゃか)族の王子として生まれたゴータマ・シッダールタ(BCE463-383)の開いたのが仏教です。「仏陀(ぶっだ)」とは、悟りをひらいて真理を得たものという意味であり、釈迦族の尊者である事から「釈尊」とも呼ばれます。
若くして結婚し子ももうけたが、人生に悩み29歳で家族を捨て「出家」しました。仙人のもとで物にとらわれない心構えを身につけましたが十分ではないと考え、さらに山に6年間こもって苦行に励みました。その後山を降り、菩提樹の下で座禅し悟りをひらいたと言われています。
仏陀はこの世は不完全で苦しみに満ちた世界であると考えました(=一切皆苦、いっさいかいく)。この世には変わらない永遠なものはないのです(=諸行無常、しょぎょうむじょう)。どんなものも変わらぬあり方を保ちはしません(=諸法無我)。
こうした事実を認めると、我々は苦しむ事がなくなります。それでも苦しむのは「我執(自己にとらわれて無常や無我を認めない事)」に過ぎません。我執にとらわれる事を煩悩(ぼんのう)と言います。理をわきまえて我執を除けば、煩悩が消え去った悟りの境地(=涅槃寂静、ねはんじゃくじょう)が得られると考えました。
仏陀の得たこれら4つの真理は四法印と呼ばれ、仏教の根本の教えとなります。(これらから一切皆苦を除いて「三法印」としても知られます)
それだけで存在するものはなく、あらゆるものは原因・条件によって生じると仏陀は悟り「縁起の法」と呼びました。縁起の法は具体的には、四つの真理=諦(たい)として表されます。
道諦を具体的に示した八つの具体的方法を八正道と言います。
出家しないで世俗にある信者が守るべきルールには次の五つがあり五戒と言われます。
それらは、生き物を殺してはならないという不殺生戒(ふせっしょうかい)、他人のものを盗んではならないという不楡盗戒(ふちゅうとうかい)、みだらな事をしてはならないという不邪淫戒(ふじゃいんかい)、嘘をついてはならないという不妄語戒(ふもうごかい)、酒を飲んではならないという不飲酒戒(ふおんじゅかい)です。
仏教における普遍的な愛を慈悲と言います。慈とは「いつくしみ」であり他者に利益や楽しみを与える事であり、悲とは「あわれみ」であり他者の不利益を取り除く事です。
したがって慈悲は、人間だけではなく生きとし生ける苦しむもの全て(=一切衆生、いっさいしゅじょう)の幸福を願う心を指しています。
仏陀が亡くなった(=「入滅」と言う)後、弟子たちが集まって教えを整理し確認する作業が幾度か行われました。これを結集(けつじゅう)と言います。仏陀の入滅後100年ほど経った頃、教団は戒律の解釈をめぐって保守派(=上座部)と進歩派(=大衆部、だいしゅぶ)に分裂しました。
仏教は紀元前三世紀のアショーカ王のさらに発展し、両派はさらに分裂し前一世紀までに18の部派が出来ました。元々の上座部、大衆部をあわせて部派仏教と言います。
部派仏教では一般民衆の救済よりも、個人的な悟りの研究に中心がありました。この傾向はインドを南下し、セイロン島を経由して東南アジア伝わった仏教に顕著で、厳しい修行や戒律を重んじ、人々の尊敬を受けるにふさわしい者(=阿羅漢、あらかん)が目標とされました。
これに対して大衆部の僧たちは、自分の解脱だけを考える事は自利であるとし、小乗仏教(しょうじょうぶっきょう)と呼んで非難し、他の人々の救済(=他利)に努めなければならないという立場をとって大乗仏教と自称しました。
大乗仏教では、この世に生きるものは全て(=一切衆生、いっさいしゅじょう)は、生まれながらに自分の中に仏となる要素(=仏性、ぶっしょう)を宿していると考えます。悟りを求めて努める者を菩薩と呼び、時には自分の悟りよりも人々の救済に努めることから理想されました。
この世の全ては固定した実体を持たない、すなわち、一切は空であるとの立場を取ります。この考えは初期の経典である『般若心経』において、色即是空(しきそくぜくう)と説明されます。「色」とは物質的現象ですがそれは「空」すなわち実体がないと考えるのです。
他者を救済するには、以下の六つの徳行(=六波羅蜜)を実践すべきであると考えられていました。
大乗仏教最大の思想家は、3世紀のナーガールジュナ(竜樹)です。4世紀にはアサンガ(無着)、ヴァスバンドゥ(世親)によって唯識(=事物は心の働きが産み出したものに過ぎない)の思想が唱えられました。