倫理の話

西洋思想篇

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目次

ノートを取る?はじめに

高校の社会科に倫理が復活してずいぶん経ちます。その昔私が高校生の頃は、「倫理・社会」と言っていましたので、「倫社」等と略されていました。ここでは何かと難しく感じられる「倫理」を、できるだけやさしく解説してゆきます。

対象として想定しているのは高校で倫理を取っている生徒と、大学の1、2年で教養科目の倫理や哲学を取っている学生です。担当者である私は「倫理学」を教える教師です。

高校や大学で「倫理」や「倫理学」を取っている生徒・学生にとって、授業や講義の内容を理解する上で参考となる「お話」をして、幾らかでも補いにしようという意図の下にこのページは作られています。

ノートを取る?  倫理って何て読むの?

まず、「倫理」をちゃんと読めますか?よく「ろんり」と読み間違える人がいますが、「りんり」と読みます。「ろんり」は「論理」で、ものごとを考える「すじ道」を指します。関係がないこともありませんが、正しく読んであげましょう。

ノートを取る?  人間とは、人生とは

その「倫理」ですが、漢字の「倫」も「理」も、ともに「すじ道」を表す漢字です。それでは「論理」と、どう違うんだという事になりますが、「倫」の字の方は特に「人の生きるべき道」を表しています。倫子(みちこ)さんという人を知っている、なんて人もいるかも知れません。ですから「倫」と「理」で人の生きるべき道を意味しています。

人がどのように生きてゆくべきか、という問いは「人生とは何か」と言い換えられるかも知れません。人生とは、とか人間とは、といった事を考えるのが「倫理」なのです。

ノート 宗教や道徳との違いは?

では、宗教とは違うのでしょうか?宗教とは何か、というお話も後々しますが、宗教も倫理の中に含まれる、と今は考えておいて下さい。人が生きてゆく中で、宗教以外にも導き手になるものはあるでしょうから。それは昔の偉い人の教えであったり、ご先祖様の遺言、家訓かも知れません。自分なりの生き方は広い意味の倫理の中に含まれます。

大学には「倫理学」という科目があります。「学」が付いているのは、大学という学問・研究をする所ですから、人々がそれぞれに持っている生き方を「学」問として研究しようとするのでしょう。高校の「倫理」もその後ろに、「学」の字が省略されていると考えておいた方が良いでしょう。

「学」の字が無いと、そんなもの教室で勉強しなくても、我が家の家訓に従って私は生きるから関係ないよ、という事を言い出す人もいるかも知れませんから。

こう考えてみると、小学校にあった「道徳」みたいじゃないか、と考える人がいるかも知れません。道徳は倫理に近い「科目」です。しかし学校で勉強する「倫理」(学)が、(小学校の時の)道徳と違うとすれば、(省略されちゃっていますが)学の字が付いている分、理論的な面が強調されているところでしょうか。

もう少し付け加えれば、自分一人で人生とは、人間とは、といった難しい問題を考える事は非常に大切です。それはしかし時として「独りよがり」になりがちです。そうした時に、過去の思想家や宗教家の考えや生き方を学ぶ事は、決して無駄になりません。

それどころか、そうした考えを学ぶ中で物事を理解する力、自分なりに判断する力が養われる事が知られています。ですから自分を見つめ考えると共に、他人の考えを理解し判断する事を「倫理学」では重要視するのです。

ノート 高校の倫理

大学入試に選択科目として選べる事から、学校によっては他の社会科の科目と同じ様に暗記を(間接的であっても)強要されているかも知れません。そうなると日本史や世界史の中の「文化史」分野が独立したようなもの、という印象を持つ人がいてもおかしくありません。

どんな科目でもやり方によっては、単なる暗記教科になってしまいます。哲学者(どういう人たちなのかは後で説明しますが)の名前を言えたり著書を答えられても、それで倫理が分かった事にはなりません。

ここでは思想家が何を、なぜ、どのように考えたのかをお話しながら、倫理が分かる手助けになればと思います。当面は西洋古代思想から始めます。これは私の好みであって、中世・近代思想についても、準備が出来次第、順に始める予定でいますのでしばらくお待ち下さい。


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さらなる世界へのドアー

大学の一、二年生が聞いている「倫理学」をのぞいてみたい方は、西洋思想の源流から見る倫理学もご覧下さい。



www.saiton.net/ethics/ohanasi.htm

©SAITO Toshiyuki