イタリアの哲学2

ピュタゴラス

ピュタゴラスはBCE570頃、小アジア沿岸のサモス島で生まれた。BCE530頃イタリア半島南部の町クロトンに移住し、そこで宗教団体を作った。そこで彼は20年ほど活動したが政争のためメタポンティオンに移りその地で亡くなった。

初期ピュタゴラス派の人々は本を書かず、教えも部外者に話してはならないという戒律があったため、彼らの教えを正確に再現する事は困難である。しかしいくつかの証言や逸話を通じて、ピュタゴラスの姿を推測する事は出来る。

第一に、彼は伝説的「博学」の人として知られていたらしい。これは彼らが輪廻転生を抜け出し、魂を清めるための手段として学問を重視していた事を推測させる根拠となている。

輪廻転生(りんねてんせい)とは、生き物が死んだ後、身体は滅んでも魂は滅びず再び他の身体に入り、別の生を送る事を繰り返す、という考えの事。

魂にとって身体に入って様々な生きる上での苦労を味わう事は、不滅であるだけに永遠に続く苦難となり、どうにかしてそこから抜け出す策を考えなければならない対象となる。

ピュタゴラス派は魂がけがれている間はこの永遠の苦難のサイクルから抜け出す事は出来ないと考えた。抜け出すためには魂が浄められなければならず、浄めるためには、学問とりわけ数に関する学を極める事が必要であると説いた。

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