アルケーを「火」と言い「同じ川に二度入ることは出来ない=万物流転」(panta rhei)と語ったと伝えられるヘラクレイトスは小アジア、エペソスの人であり「謎の人」「闇の人」と言われる。彼の言葉の中で最も注目されるのは、「私は自分自身を探求した」であろう。この自分自身とは「魂」の事であり、それは思考や意識活動といった人間の知的活動の源であった。
「魂」はホメロス以来、生命の源であったがそれを認識・思考・判断の座と位置付けたのはヘラクレイトスであると考えられる。酒に酔う事によって「湿る」と働きが鈍り(断片117)、「乾いている」時には賢く優れている(断片118)と語られる魂は、何より知的活動の面をヘラクレイトスによって際立たせられたと言って良いであろう。
「魂は自己を増大させるロゴスを持っている」(断片115)のである。魂は自らのロゴスによって増大し「共通なロゴス」(断片2)すなわち宇宙(マクロ・コスモス)のロゴスにまで増大する。
彼において我々は、宇宙(マクロ・コスモス)と私の魂(ミクロ・コスモス)が同じロゴスを有する事を見ることが出来る。ロゴスとは非常に広い意味で使われる言葉であるが、ここでは「コスモス=秩序」の基準となる「尺度」を意味しているものと考えられる。そして宇宙は作られたものではなく、永遠なるコスモスであって「永遠に燃える火である」(断片30)と彼は考えたのである。この永遠である「火」は生成と消滅のプロセスを絶えることなく繰り返している。「昇りの道も、下りの道も一つで同じ」(断片60)とは、こうした繰り返しを指すのであろう。
宇宙を支配するロゴスは同時にまた人間を支配するものでもあった。人間の魂が劣ったものとなると「火」は湿り気を帯びてしまう。我々が生きてゆく中で目を向けなければならないのは、自身のロゴスであり宇宙のロゴスであることになる。しかしヘラクレイトスは、宇宙のロゴスから我々の内なるロゴスを見る視点を、それ程明確には語っていないように思われる。宇宙は「火」を元にして永遠のサイクルを繰り返しているのであるが、人間の方はそれを私一人の内で見ると、欲望によって「湿り気」を帯び拡散する方向が強調されているようである。
しかし「ロゴス」に耳を傾ける事が不可能であると彼は言ってはいない。それどころか、「知を愛する者」(断片35)は「目に見える調和より優れた目に見えない調和」(断片54)を求めるのである。「目覚めて」(断片90)、目に見えない内なる魂のロゴスに目を向けるよう呼びかけているように思われる。
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