ユダヤ思想

カトリック教義の成立

2世紀中頃までのキリスト教を原始キリスト教と言います。この時代の地中海沿岸はローマの領土であり、コイネーというギリシア語の方言が公用語でした。そのため『新約聖書』はコイネーで書かれています。この時代に信者たちは各地で集会(ギリシア語でエククレシア=「民会」と同じ語)を作りました。これが教会の始まりです。

キリスト教の聖地は、イエスの活動の舞台となったパレスチナ地方です。とりわけエルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地です。市内にはローマ軍によって破壊された神殿跡の壁の一部が残っており、神殿再興を願うユダヤ教徒によって「嘆きの壁」と呼ばれています。

ペテロが創設したローマ教会はカトリックの総本山であり、その最高指導者は教皇(法王)と呼ばれます。

現在カトリックの総本山は、4世紀にコンスタンティヌス大帝によってローマの中心部ヴァチカンの丘に建てられた聖ペテロ大聖堂であり、歴代のローマ教皇の住まいとなっています。ここはペテロの墓の上に建てられたと言われていて、16世紀の再建時にはラファエロやミケランジェロらも加わりました。またコンスタンティノープル(現イスタンブール)の聖ソフィア大聖堂は15世紀以来、イスラム教の寺院に改装されてしまっています。

ローマ帝国によるキリスト教徒迫害はかなり早い時期から始まりました。64年のローマの大火をきっかけに皇帝ネロによってなされた大迫害は有名です。その後も歴代皇帝の治世下で迫害が続き、多くの殉教者を出しました。

キリスト教に寛容であったコンスタンティヌス大帝がローマに入城したのが310年です。大帝は翌年にキリスト教寛容令を出し、313年のミラノ勅令によってキリスト教は公認宗教となりました。しかしその後も東方の属領では迫害が続き、それが止むのは324年です。(ローマの国教となるのはテオドシウス帝治世下の394年)

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