迫害の時代の中でキリスト教の教え(=教義)を理論化し批判に答える事は重要な役割を持ちました。それに携わった人々を教父(元の言葉は「父」=Pater)と言います。三位一体(=父なる神と子なるイエスと聖霊とは一体である)も論争の末に、正統な教義であると教父たちによって定められる事になります。
キリスト教徒にとって真理はイエスの内に完全に示されているのですが、それを理論的に示す必要があったのです。その際利用されたのはギリシアの哲学思想、とりわけプラトンの思想でした。
最大の教父はアウグスティヌス(354-430)です。彼は北アフリカに生まれ、放蕩生活の後、マニ教に入信したが満たされず、ローマで教師をしていました。
マニ教は古代ペルシアのゾロアスター教を元に派生した宗教で、マニ(3世紀の人)が開祖です。世界には明と暗=善と悪、二つの原理があるとしました。
アウグスティヌスが30歳を越えた頃、ミラノに移りキリスト教の影響を受けました。帰宅途中のある時、「Tolle,lege」(取って、読め)という歌の一節を耳にしたので、部屋に戻って聖書を開き読むと(「ローマ人への手紙」13.13-14だったそうです)一気に迷いが晴れ、キリスト教徒になる決心がつきました(=回心)。この出来事を機に教師を辞め、洗礼を受けて入信し、修道生活に入ったそうです。
最も広く読まれているアウグスティヌスの著作は『告白』です。その名の通り、自らの悩み、回心、信仰などについて述べた書物です。その他、『自由意志論』『三位一体論』『神の国』等が知られています。
彼によれば、人間を根源から動かす力は「愛」(Amor)です。人間の本質は愛ですが、その向かう先の選択(すなわち何を愛するか)を誤ってはなりません。もちろん正しい愛とは、神へと向かう愛であると彼は考えるのです。
他人を愛するのは、物を愛するのとは違います。物を自分のために愛して、それを用いる時、物はその存在を損なわれ事になります(食べ物を愛する場合を考えて下さい)。他の人間を愛する場合には、自分自身を愛するようにその人を愛さなければなりません。
貧乏で困っている人を愛しパンを与える愛は、けっしてその人からの見返りを期待してはいません。またその際、善い事をしようという意思によってパンを与えるのでもありません。ただ善への意思によってそうした行いをするのです。こうした愛はカリタスと呼ばれます。
また彼はパウロの言葉である信仰・希望・愛の三つを強調したと言われています。これらをキリスト教の三元徳と呼ぶ事もあります。
メニューへ戻る