レーサー
|
| モデル名 | 生産年 | 概要 |
|---|---|---|
| KR KRTT KHR KHRTT KRM |
1952〜68 | ロードモデルのKと共に1952年に発表されたレーシングモデルがKR。従ってエンジンはサイドバルブで、ボア/ストロークもKと同一(69.85mm/96.85mmの45立方インチ737.4cc)。カムやベアリング、バルブ径などが異なっていた。またリア・サスペンションはなく、ブレーキもオーバルのフラット・トラックではレギュレーションによって禁じられていた。ちなみに当時のAMA(American Motorcycle Association)のレギュレーションでは、サイドバルブは750ccまで、OHVは500ccまでとなっていた。 ロードレースやTT(ツーリスト・トロフィー)用に、サスペンションとドラムブレーキを備えたのが、KRTT。フェアリングと大きなタンクからなるキットも用意された。 ロードモデルのKがKH(750ccから883ccにストローク・アップ)になると共に発表されたレーシングモデルがKHRとKHRTT。 前照灯を持たずエンジンの下側に保護プレートを持つ、不整地レース向けモデル(=スクランブラー)がKRM。 |
| XLR | 1957〜69 | KHがXL(OHVエンジン=ショベル・ヘッド)に代わると共に、KHRから代わったのがXLR。KHRとは異なりリア・サスを持つ。これは主にこのモデルがTTレース(すなわち公道レース)用であったから。 |
| XR-750 XRTT |
1969〜85 | 初期のXR-750は883ccのXLRを、ストロークのみを縮めて750cc以内に収めたモデル。その後ショート・ストローク化され戦闘力が増した。フラット・トラック用はフロント・ブレーキを持たないが、ダート用やロード用はドラムやディスク・ブレーキを装備する。 KRTTからタンクとシートをそのまま流用したロードレース版がXRTT。フットレストはスイングアームに取り付けられるほどの極端なバック・ステップ。当初(1972)リアのみディスクだったが、フロントもホンダから提供を受けディスク化される。デイトナ・ビーチで開催されるバトル・オブ・ツイン(BOT=Battle Of the Twins、なぜか日本では発音しないくせにBOTTと略記される)で活躍したXRTTベースのワークスマシンを、ルシファーズ・ハンマー(Lucifer's Hammer)という。エリック・ビューエル設計のRR-1000(XR1000のエンジンを搭載)はルシファーズ・ハンマーIIと呼ばれていたかも知れない。 |
| CR CRTT CRS |
1961〜67 | イタリアのアエルマッキ製250cc単気筒を積んだレーサーがCR, CRTT, CRS。アエルマッキのスプリントHを基とするのがCRTT。欧州ではアエルマッキのアラ・ドーロと呼ばれる。CRとCRSはダート用。 |
| RR-250 | 1971〜77 | アエルマッキ製2ストローク並列2気筒を積んだレーサーがRR-250。初期モデルは空冷だが後に水冷。250と350(RR-350)がある。 |
| MX-250 | 1977〜78 | アエルマッキ製空冷2ストローク単気筒を積んだモトクロス・レーサーがMX-250。後にアエルマッキはカジバ・グループに経営が移る。 |
サイドバルブ・モデル
|