隣人愛と平等
医者は患者を貧富の別なく助けなければならない
金儲けに専心してはならない
自殺の禁止 安楽死禁止
殺人の禁止
人工妊娠中絶の禁止
生命の誕生はいつから
胎児には人権はあるか〜19世紀末に全面禁止
ポーランド下院妊娠中絶法の緩和案を可決同国出身の教皇は非難
医療技術の進歩
医療技術の進歩により生命に対する見方が大きく変わってきました。これまで一般的には生命の誕生を、胎児が母親から離れる分娩時であると見なしていました。しかし、生物学的には卵子と精子が結合して新しい細胞が誕生した時ですし、医学的には心臓が鼓動を初めて打った時であるか、脳が活動を始めた時となるでしょう。
同様にして、死の時期を決定する観点にも様々なものがあります。生物学的には細胞の死ですが、身体のどの部分の死なのか、あるいは身体全体の死なのかで見解が分かれます。部分としての死としては、心臓の停止(心停止)、脳の活動停止(脳死)等が考えられます。臓器移植が技術的に可能となると、死の定義が重要となってきました。心臓移植のためには心停止では困るので、脳死すなわち中枢神経系の停止をもって人の死と見なすという基準が作られました。
現行の「臓器の移植に関する法律」全文を参照。またこの法律の「運用に関する指針(ガイドライン)の制定について」という保健医療局長通知も参照。『中央公論』2001年2月号掲載の森岡正博さんの『日本の「脳死」法は世界の最先端』も参照。
医療技術の進歩に伴い、様々な要求が医療現場から寄せられるようになりました。死の定義を巡る問題の他に、「全く」回復の見込みのない患者に対する治療の問題もその一つです。技術の進歩によって、そうした患者を人工心肺装置の助けによって延命させる事が可能になりました。こうした患者の増加によって、回復の見込みのある他の患者が十分な治療を受けられなくなったり、社会全体としての経済的負担増といった点が問題となってきます。
延命装置の発達という技術の進歩を追認するようにして、提唱されるようになった考え方に生命の質(Quality of life)という観点があります。この考え方によれば、ある治療を受けるためにそれまでの生活を全て否定しその結果わずかな延命が可能になる場合と、治療は十分ではないがそれまでの生活を可能な限り続けるような場合とを比較・対比して、患者の希望をできるだけ取り入れて延命治療に取り組もうという事になります。
生命倫理学の立場から考えると、この場合には患者の自己決定権を尊重する、という基本的態度が見えてきます。どのような治療を行うかは、医療従事者が決めるのではなく、患者が医療従事者からの助言を参考にして、自分で決めるという原則があるのです。
しかし我が国では未だ患者の人権が十分に守られてはいない現状があり、こうした基本的な権利さえ完全には守られていません。